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ここにしかない、本物のランドセル
TRADITION - ADVANCED

ここにしかない、本物のランドセル

モギオリジナルランドセルは、1929(昭和4)年創業以来、守るべき「伝統」と、変えていくべき「先進性」その融合を追及しています。

「伝統」とは、熟練の職人技です。
ランドセルの製造工程には、職人の経験に基づく高度な技術が欠かせません。長きに渡って培われてきたその技術を、モギは継承し守っていきたいと考えております。
「先進性」とは、新しい素材や機能、他にはない斬新なデザインです。
時代や環境が変化する中で、ランドセルに求められるものも変化しています。昔ながらのランドセルでは、対応することは難しいのではないでしょうか。
例えば、文部科学省の学習指導要綱により教科書が厚くなれば、当然大容量のランドセルが求められるようになります。(モギのランドセルは、大マチのサイズがすべて12cm以上、A4フラットファイルもラクラク入ります。)
昔はほとんどが黒と赤でしたが、近年は個性を尊重する時代です。基本的な形は変わらないものの(学習院型と呼ばれる)、色や装飾は多様化しています。
モギでは、牛革で全60の型・色をご用意しております。これはおそらく日本一だと思われます。
伝統と先進性の融合を目指し、それを実現し、さらに適正な価格で提供して参りたいと、日々研鑽努力をしている次第でございます。
ご高覧いただき、そして、理想のランドセルに出会えることをお祈り申し上げます。

ランドセルへの思い
THOUGHT

ランドセルへの思い

お子様が誕生してから小学校ご入学を迎えるまでの、親御さま、ご家族のご苦労は筆舌しがたいことと拝察いたします。
まだ赤ちゃんだと思っていたら、気がつけばもう小学生に。泣きべそだった子も、やんちゃだった子も、みないつの間にか大きくなりました。わたしも、我が子のそんな姿に嬉しくもあり、少し寂しく感じた思い出がございます。
小学校入学は、親御さまにとっては育児の一区切りなのかもしれません。また、お子様にとっては、新しい環境へ新しい一歩を踏み出すときです。その大切なご家族の思い出の一コマに、彩(いろどり)を添えるのがランドセルではないでしょうか。
満開の桜の木の下で、ランドセルを背負った愛らしいお子様の姿は、わたしたちに、未来への希望、癒しと幸福を与えてくれます。
創業以来90年近くの長きにわたって、その姿を見続けてこられたことは、まさに鞄屋冥利に尽きると言っても過言ではございません。
代々ご愛顧を賜りましたお客様へは、感謝の気持ちで一杯です。これからもランドセルを通じて、ご恩返しをしていければ幸いに存じます。
零細企業ゆえ、決して多くは造れませんが、地道にひとつひとつ納得のいく、本当に良いものだけをお届けしてまいる所存でございます。

代表取締役

株式会社モギカバン店 代表取締役
茂木 理亨

時代と共に
WITH THE TIMES

時代と共に

創業者・茂木忠治(故人)は、1929年(昭和4年)、群馬県桐生市にて、革鞄職人として独立する。様々な鞄の注文に応えていくうちに、地域で腕の良い職人として評判になる。弟子も増え、鞄製造工房として地位を確立するも、第二次世界大戦は物資がなくほぼ休業状態に。
戦後は、進駐軍から鞄の製作の依頼が殺到し、復興を遂げる。進駐軍は、直接牛革(なめし革)を持ち込んだので、鞄を作ったあとの残った革は無料で置いていったという。それを利用して、ランドセルを初め、様々な鞄を作って店頭で販売したところ、これが大人気となる。
時代は高度経済成長期を迎える。その頃、茂木忠治が逝去し、2代目・茂木巌は、鞄製造業を続けながらも小売業に次第にシフトする。そして本店の他、支店も開設し、地域密着、地元から愛される専門店として今日に至っている。
3代目・茂木理亨(現社長)は、鞄つくりの原点に立ち返って、ランドセルなどオリジナル商品のデザイン、開発に力を入れ、インターネットなどを通して多くのお客様に支持を広げている。

昭和初期のランドセル

昭和初期のランドセル

日本有数の織物産地のDNAを受け継ぐ
DNA

日本有数の織物産地のDNAを受け継ぐ

「西の西陣、東の桐生。」

古くから織物の産地として、「西の西陣、東の桐生」と謳われた桐生。江戸の昔、いつも新しい技術を開発し、斬新な色柄の織物を発表し、日本中の注目を浴びていたと伝えられています。
それを支えていたのは、職人気質と美的感性を持った町民たちでした。以降、現代まで綿々と技術を継承し、進化し続けてきた桐生の織物は、世界から高く評価されています。

photo:桐生市内のノコギリ屋根工場

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